大判例

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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2082号 判決

控訴人

キャニヨン株式会社

右代表者

多田哲也

右訴訟代理人弁護士

寒河江孝允

右輔佐人弁理士

鈴江武彦

外二名

被控訴人

ザ・エーエフエー・コーポレーション・オブ・フロリダ

右代表者

フレドリック・エー・アルダース

右訴訟代理人弁護士

田中和彦

外一名

右輔佐人弁理士

唐見敏則

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

右部分につき、被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審も被控訴人の負担とする。

この判決に対する上告期間につき、附加期間として三月を定める。

事実《省略》

理由

一被控訴人が本件意匠の権利者であること、本件意匠がスプレーガン(噴霧器噴口)の形状として別添意匠公報中の図面に表示されているとおりのものであること、控訴人が少くとも過去に製造した本件物件を保管し、販売していること及び本件物件がスプレーガン(噴霧器噴口)で別添写真(1)ないし(7)に表示の形状をしていることは、当事者間に争いがない。

二そこで、本件意匠と本件物件の意匠との類否について、考えてみると、本件意匠の対象とする物品と本件物件とは、右に確定したようにいずれもスプレーガン(噴霧器噴口)であり、それぞれについて右に確定した形状を比べれば、横長な本体の噴出口部端面に液体を噴出する短円筒状のノズル(噴出口)を、同部下面に空気弁に連結するレバー(挺子)を各配置し、本体下面に容液壜の蓋にあたる短円筒状のキャップ(帽状おさえ)を連設し、その中央から液体を吸込む細長い吸込筒を垂下させて、全体的にピストル状の形態を取つている点において共通し、ともに、スプレーガン(噴霧銃と訳することもできる。)の名にふさわしい外観を呈していることが明らかである。

しかしながら、レバーをピストルの引き金よろしく操作し、ノズルから弾丸よろしく液体を噴射して、噴霧器の機能を果すスプレーガンにおいて、空気弁その他の装置を内蔵する本体並びに外部の部品の構成が全体的にピストル状の形態を取ることは、その機能から考えて極めて常識的な構想であり、また、機能上当然必要とされるノズル、レバー、キャップ及び吸込筒の各部品が本件意匠の当該部分のような形状を取ること、すなわち、ノズルが短円筒状を、レバーが「ノ」字状ないしこれに近い形状(「メ」字状であつても格別のことはないと思われる。)を、キャップが壜の蓋のような短円筒状を、また、吸込筒が細長いパイプ状を取ることは、いずれもそれ自体としては極めてありふれた意匠の域を出ない。すなわち、スプレーガンのうち、ピストル式に操作するものは、その機能を全うするためには、いずれは本件意匠及び本件物件の意匠のようにピストル状の基本的形態を採るものであるから、そのような形状は、ピストル式スプレーガンとしては、ありふれたものと考えるのが相当である。

ところが、これに対し、本件意匠における本体部分と本件物件の意匠の本体部分とを比較してみると、いずれも、水平方向に対して一端(噴出口部)を他端(下端部)より、やや上方に向けて、斜に配し、両端を結ぶ背部がゆるやかな曲線をしているという共通点を有していることは、当事者間に争いがないとはいえ、成立に争いのない甲第二号証(意匠公報)及び本件物件であることに争いのない検乙第一号証によれば、右各本体の形状については、次のような顕著な相違があることが認められる。すなわち、

(一)  本件意匠においては、

1  本体を側面からみると、(イ)その輪廓が(a)前記のような背部の曲線、(b)噴出口取付部の直線、(c)同部下端(レバー取付口端と一致する。)からキャップの一端に達するまで、はじめは背部にほぼ平行な直線に近い線、おわりは外側に膨らむ円弧、(d)キャップの上縁に接する底部の直線、(e)これに次で右(a)の線の下端に達するまで外側に膨らむ円弧によつて形成され、(ロ)その表面に右(イ)、(e)の円弧の起点付近から本体の中心部に向け、背部の方にわずかに膨らむ円弧状の切り込みがあり、(ハ)その表面が右切り込みの下方において、横に切つた卵の上半分のような形で膨らみ、その円形の底面でキャップの上縁に接しているほかは、垂直方向に同一の平面をなし、

2  本体を正面からみると、(イ)最上部に円形の噴出口の端面があり、(ロ)その取付部下端の下方に同部とほぼ等しい幅のレバー取付口が開き、その上辺から細長いレバーが垂れ下り、(ハ)その背後の両側に、本体の下部が左右均等に楕円状に(左右を一体として捉えると、右1、(ハ)同様、卵の上半分のような形で)膨らみ(楕円状に膨出の点は当事者間に争いがない。)、キャップの上縁にその外周の径より少し狭い幅で接着し、

3  本体を上部からみると、(イ)噴出口取付部に続いて噴出口の外周の径とほぼ等しい幅の細長い背部があり、(ロ)その後尾の方の両側に、本体下部の膨出部分が、左右を一体として捉えると、キャップの外周より少し小さい同心円の形で、キャップの上縁に接着し、

4  本体を背後からみると、(イ)中央に右3、(イ)の背部があり、(ロ)その両側に、本体の下部が右2、(ハ)のような形状で、キャップの上縁に接着しているが、

これに対し、

(二)  本件物件の意匠においては、

1  本体を側面からみると、(イ)その輪廓が(a)前記のような背部の曲線(ただし、その下端付近の僅かな部分が底部に向けて急に曲つている。)、(b)噴出口取付部の直線、(c)同部下端(レバー取付口端とは一致しない。)から僅かに内側にくびれた後、ほぼ垂直に下向し、レバー取付口端に達する直線、(d)レバー取付口端から内側に折れて右(a)の線の下端に達する、ゆるやかな曲線(その後尾に近い部分において、キャップの上縁に接する。)によつて形成され、(ロ)その表面が噴出口取付部及び背部下端の両方から中央部に向けてゆるやかに膨らみかつ、上部から下部に向けて僅かに出張り、その下端近くでは丸みを帯びて底部につながり、(ハ)その表面を右(イ)、(a)の線の近くで、上の方が幾分厚い上下の段違い部分に区切る線条があり(右線条の存在については当事者間に争いがない。右線条と右(a)の線との間隔は噴出口取付部近くの方が他より広くなつている。)、

2  本体を正面からみると、(イ)最上部に円形の噴出口の端面があり、(ロ)その取付部の両側に、右1、(ハ)の線条によつて区切られた本体の上段部分が左右均等に、下方ほど幅広く張り出し、その下端で一旦内側にくびれた後、右線条で区切られた本体の下段部分が左右均等に、下方ほど幅広く(下端では、キャップの上縁よりも広い幅に)張り出し、(ハ)両側の右段違いのくびれを結び合せて、表面を、上の方が厚い上下の段違いに区切る線条があり、(ニ)右(ロ)、(ハ)の形状のため、本体の全体が大小二個の台形を積重ねたような輪廓を形成し、(ホ)下部が丸みを帯びて底部につながり、底部の一部がキャップの上縁に接着し、(ヘ)中央下部から細長いレバーが垂れ下り(その取付口は現われていない。)、

3  本体を上部からみると、(イ)噴出口取付部に続いて噴出口の外周の径より相当に幅広い背部があり、(ロ)その両側に、右1、(ハ)の線条を備えた同(ロ)の膨らみが左右均等に現われ(なお、キャップ及びこれに接着する本体の部分はみえない。)、

4  本体を背部からみると、(イ)右3、(イ)の背部を中央にし、(ロ)その両側に、右3、(ロ)にみられた膨らみが左右均等に、下方ほど幅広く(下端では、キャップの上縁よりも広い幅に)張り出し、下端近くでは丸みを帯びて底部につながつている。

(三)  以上にみたところから、両意匠の本体部分の相違は自ら明らかであるが、そのうち最も注目すべき点は、側面における表面形状の処理であつて、本件意匠では、両側面の下辺の一部がキャップの外周の径に達しない限度で膨らんでいるだけで、その余は背部の両端から垂直に下向する平面であり、これに対し、本件物件の意匠では、両側面の全体が前後両方から中央部に向つて、ゆるやかに膨らみ、かつ、上部から下部に向つて広がり、その下端はキャップの外周の径を超えて張り出し、また、上方には表面を段違いに区切る線条があるという違いがあるが、その差は、正面、平面及び背面の各形状の処理に影響を与え、両意匠の本体部分の特徴をそれぞれ決定付けている。なお、両意匠は、本体におけるレバー取付口の配置が相違し、それぞれの特徴になつていることも見逃がせない。そして、両意匠の本体部分がそれぞれ総体として見る者に与える印象には、右のような形状の特徴のため相当な差異が生じるのを免れず、本件意匠においては、細身の本体が噴出口間近にレバーを配し、下辺の一部をキャップの外周内に収まる程度に膨らませて、キャップの上に載せられていて、全体の形態が部位ごとに成立つた形状を組合せて構成され、どちらかといえば、華奢な感じがするのに対し、本件物件の意匠においては、厚みのある本体が噴出口から離れた底部の前方にレバーを配し、前後方の中央及び下方に向けてゆるやかに膨らんだ側面につながる幅の広い底面に、これより小さいキャップを取付けていて、全体の形態がはじめから一体としてまとまつた形状に構成され、どちらかといえば、頑丈な感じを与える。

したがつて、以上のことから推して、スプレーガンの意匠としては、その本体部分にこそ、特徴のある形状を示すことができるものと認められると同時に、本件意匠の本体部分と本件物件の意匠の本体部分とは、その特徴点が全く相違していることが明らかであるから、本件意匠と本件物件の意匠とは、スプレーガンのありふれた意匠部分たるピストル状の基本的形態が一応、類似しているとはいえ、全体として総合的に見るならば、相互に類似するものということができない。

そうだとすれば、これが類似することを前提とし、本件物件の製造、販売行為の禁止及び物件の廃棄を求める被控訴人の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく、理由がないものというべきであるから、原判決中、被控訴人の請求を認容した部分は不当であつて、本件控訴は理由がある。

三よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第一五八条二項に従い、主文のとおり判決する。

(駒田駿太郎 中川哲男 橋本攻)

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